きのこ工場(こうば)の煙突から湯気が上がりました。
培地を詰め込んだビンは、きのこの菌糸が嫌うバクテリアやきのこ以外の菌を殺すため、常圧殺菌釜に入れ、100度近い温度で約7時間かけて蒸し上げられます。
業界用語で「釜たき」と言いまして…
当園のオーナーのイッコさんはこの湯気の香りが好きで
子供のころ、工場の近くでよくこの匂いを嗅いでいたそうな…。
この話、たびたび聞かされるわけでして…。
子供の頃の、よき思い出なのでしょうなあ。
確かに、ほんのり木の香りがあたりに漂って、なかなかよいのです。
匂いや、味、音楽って、そのときの「感情」と一緒に記憶されていて不思議。
オーナーは今、何を思いながらこの匂いを嗅ぐのでしょうか?
ま、何でもいいけど…
ところで「釜たき」の作業のもっとも気を使うのは…
温度管理?時間?
いやいや、私には
1台の台車にビンが16本入るプラスチックかごを9段×3列のせて、支えなし。
それを、殺菌釜に出し入れする作業。
積み方や、台車の動かし方で、ぐらぐら揺れて… 新米にはドキドキものなんです。
何しろ台車1台408本のビンが乗っている!
(あ、計算合いませんよ。いちばん上の段は8本にしてますから)
もう1台の釜とあわせて、日で約4800本のビンを蒸し上げます。
そして、7時間以上かけて私たちの1日は終了するのであります。
これを一晩冷まして、翌日はいよいよきのこの種菌をうえてまいります。
ところで、冒頭の「匂い」の件で思い出したことひとつ。
私の母のふるさとは、群馬県は榛名山の中腹にある温泉町。
私は訳あって高校時代を母の実家で過ごしました。
通学バスのバス停は地元で一番大きな和菓子屋の前にあって、朝から温泉まんじゅうを蒸かす湯気が上がっおりました。不思議なもので、まんじゅうの湯気は同じ湯気のはずなのに、夏の朝には爽やかで、冬の朝には暖かな、かすかに小豆の香りの混じる湯気でした。
ある日、偶然にもその和菓子屋のまんじゅうをお客様から頂いたのでありまして…。
包み紙を開いたとき、そんな青春の頃の朝を思い出したんです。
あの日には、毎日それと意識していたわけではない饅頭の湯気のある光景が、鮮やかに胸に甦ってきたのが可笑しい。
一口かじり、口の中でほろりととけるこし餡を飲み込むと、鼻に小豆の香りが抜けて、あの日の青い空さえ見える気がしたのであります…。
あの青い空は…。
さてと、新米きのこ農家の私は、ベテランきのこ農家になったときに、今日の日の青空を、「かまたき」の香りとともに思い出すのでありましょうか?
また、そのとき何を思うのでありましょうか?
それは時の流れにお任せ致しましょう。
2022.1.30
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